「那智参詣曼荼羅」は、熊野本願寺院に所属した熊野山伏や比丘尼が、庶民への布教と勧進のため、全国に持ち歩いた霊場案内図である。那智参詣曼荼羅図には中世の信仰の様子が描かれている。神仏が習合したこの聖地曼荼羅を見てみよう。

まず右下に大きな鳥居が建つ。その後ろに①浜の宮王子と渡海上人ゆかりの②補陀落山寺が並んでいる。那智湾には、生きながら観音浄土を目指して船出した③補陀落渡海船が浮かぶ。前方には四つの島が見える。松の生えているのは平維盛が入水したという山成島だ。鳥居の左右には関所も構える。その左に④和泉式部と思われる高貴な女性が桜の花を見ている。月の障りでも熊野の参拝を許されたという式部の姿が女性にも開かれた聖地であることを物語っている。

二つ目の橋を⑤振カ瀬橋といい、ここから上が那智山の神域となる。⑥大門坂を上ると大門があり、ここで道が二つに分かれている。大滝方面へ進むと途中に奥之院を通る。墓や塔婆の立つ那智一山の社僧たちの総菩提所だ。滝本に降りていくと拝殿には大杉が突き抜けている。生貫杉だ。三筋になって流れ落ちる⑦大滝の聖水の生命力を示しているとされる。

大門から本社方面へ進むと、三重塔前でお木曳きが賑やかに行われている。いよいよ本社に参拝しよう。那智本社神殿は正面に五棟、左側に屈曲して八社殿が並ぶ。正面右に少し奥まっているのが地主神の⑧瀧宮。下手側拝殿の右が瓦葺の⑨如意輪堂。西国三十三カ所観音霊場第一番札所の現・青岸渡寺である。左の急坂を登ると、女人高野として納骨信仰を伝える妙法山である。

ここで白装束の一組の⑩夫婦に注目したい。彼らは補陀落山寺周辺から描かれている。道案内の先達(山伏)に先導され本社に参拝し、⑪妙法山にたどり着く。しかしそこには夫婦の姿はなく先達だけが描かれてる。それはまさしく「亡者の熊野詣」かもしれない。

この曼荼羅は、右下③補陀落渡海船から左上⑪妙法山に至る死を象徴するラインと、右上⑦大滝から左下⑫米俵船に至る生命力を象徴するラインが交錯した、まさに熊野らしい霊験構造を見事に絵解いているのだ。

(出典:2017/11/11シンポジウム資料「那智参詣曼荼羅の旅」より、解説:新宮市学芸員 山本殖生氏)

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上記は、去る11月11日、明治大学にて開催されたシンポジウム「熊野那智信仰の真随」に於いて、国際熊野学会の副代表である山本殖生氏によって解説されたものです。掲載については山本氏から直接許可を得ております。