道湯川と平治川は峠をこえた一番近い里で、この辺は美人の生まれる里であった。平治川はもちろん平家方の公家・貴族の落人で、代々気品のある美人が産まれた。

ある年、とりわけ美しい女の子がいた。この子もみんなと一緒にお滝へ参拝してきた。ある日、いつどこから来たのか気品のある美男子がついてきた。平家にも美男子はあったが、見たこともない美丈夫です。これは光源氏の君か、長谷川一夫か、今世の里見浩太郎かと、見まちがうばかり。「一息休ませて下さい」と立ちよった。美人の娘も一目見るなり好きになった。
「何処の家か」とたずねたが「武住のがまの滝へ参る」と言うただけで、どことも言わなかった。

そのあくる日は「平治の滝へ参るのだ」と言うて、毎日遊びに来るようになった。そのうち、ここの娘と良い仲になってしまいました。しかし男は夕方になると家に帰るので、娘も好きな男ですから、あとについてしばらく送って行くと、その男は蛇の滝へ行くのです。娘は蛇の滝へ近づくのは恐いのでさよならしてこちらで見ていると、美男子は滝に近づいて大蛇に早がわりして滝の渕へもぐって出てきません。

「アッ」と驚いた娘は「あれは滝のぬしだったのか。やれおそろしや」とふるえながら家にとびこみ、親に話すと倒れこんで病気になりましたので、親たちもおどろき「早く娘をにがさなきゃ大変なことになる」というて娘を遠くへにがした。そうすると、それからその滝で毎日雷がなって大しけになりました。大蛇は平治の滝と武住の滝を行き来していたそうです。

(出典:「みちとおと」~熊野の伝説より)

イラスト:ひろのみずえ
『熊野・本宮の民話』 昭和56年 和歌山県民話の会 より
(付記)武住(ぶじゅう)とは、平治川から山をひとつ越えた隣の集落。武住は源氏、平治川は平氏の落ち武者が住んだところで、昔は付き合いがなかったといわれます。